昭和28年、玉の湯は禅寺の保養所として生まれ、平成15年(2003年)おかげさまで創立50周年を迎えることが出来ました。
温泉保養地として現在に至る湯布院と共に歩んできた【旅館 玉の湯】について、少しだけお話しましょう。

◆山小屋の管理がヒントに
私がよく行っていた九重の法華院温泉に昭和の初期に建てられた「あせび小屋」という山小屋があり、九州山小屋の会とか、筑紫山岳会などという会に所属しながら、その山小屋で過ごしていました。

そして「法華院」から見た「大船山」という山が、この湯布院の玉の湯から見た由布岳とちょうどダブって見えたんです。
居ながらにして、山を眺めながらお客様をお迎えすることができれば一番いいんじゃないかな、と思ったんです。
宿泊施設を作ってお客様に来ていただく。 そのためにはいい宿を作らなければということになったのです。

 
◆そして旅館経営へ
山小屋の会の時には「あせび」という小屋を管理するってことなり、お客様をお迎えし、それからどういうふうに受け入れて、利益をあげていくかとということは考えていましたけれど旅館は違いますよね。 
山は山が好きな連中ですが、ここは不特定多数のお客様をお迎えしなければならない。 考えてみると素人だったからこそ、何も知らなかったからこそ、自分の好きな事をどんどんやっていけたのではないかと思います。

◆玉の湯・昭和30年代
昭和30年代はお客様は…ぜんぜん。 駅に乗降客をお迎えにいっても降りていらっしゃるのはぱらぱらで悲惨なものでした。

そして、昭和30年にこの町が町村合併しまして、34年に国民保養温泉地の指定を受け、歓楽街ではない、温泉保養型という町が始まりました。



とにかく…まずお客さんがいなかった。 お客様にどうやって湯布院に来ていただくか…。 そんな悪戦苦闘の時代が続きました。
そして30年代後半から新しい旅館作りや観光地づくりが、始まったような気がします。